Nov 23, 2009
上手なwebデザイナー
インターネットサイトをジャルボギ簡単に作ってくれているwebデザイナーの存在はとても大きいですね。このwebデザイナーのおかげで、私たちの快適なインターネット利用時間があるのですね。プログラムを知らなくても、インターネット利用者でwebデザイナーの存在の大きさは毎日感じているのです。Web制作が楽しくて仕方ありません。もちろん、専門家がないので、苦労もたくさんあるのに、それを克服し、自分のイメージするWebページが完成した時の喜びといえば、言葉では表現できないものがあります。これはやったことがある人とわからないのではないでしょうか。 Web制作は楽しいです。
マイ・ストーリー。
私がこの言葉を知ったのは、2008年の5月。その時、中堅企業の40代前半の女性経営者の本を書いていた。以前の時事日想でも紹介したように、いわゆるゴーストライターとして関わった。
編集者は社員数300人ほどの出版社の副編集長で、当時40代半ばの男性。彼はこんなことを言った。
「彼女(中堅企業の女性経営者)は本を書く力はないが、一応、マイ・ストーリーを持っている。彼女のブログや過去に出した本を読むと、それが分かる。彼女の代わりに書く前に、それらに目を通してほしい」
マイ・ストーリーとは何かと思ったが、それらを読むうちに何となく分かった。要は自分が「こんな苦労をしつつも、それを乗り越え、最後は成功した」というサクセス・ストーリーのことなのだ。
だが、嘘のオンパレードに見えるのだ。例えば、会社の話になると、自画自賛になっていた。確かに彼女は「経営をしていること」は事実であり、そこに嘘はない。しかし、そこで起きている本質的な問題(この経営者が社員たちと対立が続くこと)を覆い隠し、それをあたかも上手く行っているかのように書くことは、事実そのものを作り上げていると言える。この意味において、私には嘘に見えた。私には、こんな公式が浮かんできた。
「マイ・ストーリー=独りよがりなサクセス・ストーリー=嘘だらけ=詐欺まがい」
ビジネス書の大半は、ゴーストライターが書いている。恐らく9割ほどはゴーストライターが関わっているだろう。私はビジネス書でよく見られる、この手のマイ・ストーリーには疑問を投げ掛けたい。自分を売り込む工夫は分かるし、前向きに生きていきたい考えも理解できなくもない。だが、嘘はさすがに問題ではないか。
また、嘘をつくことをそそのかす人もいる。例えば、一部のコンサルタントや、コピーライターなどだ。彼らは「講演やセミナー、自身の本(これもゴーストライターが書いている可能性が高い)、ブログやFacebookにマイ・ストーリーを書くことでアピールしよう」と呼びかけている。
それに感化されたからか、Facebookのプロフィールを見ると、時折、マイ・ストーリーを書いている人がいる。例えば、「●歳の時に離婚し、こんな苦労をしてきた。いまは●に目覚め、こんなことができるようになった」というものだ。特に30?40代のコンサルタントやセラピスト、ベンチャー企業の経営者などに目立つ。
●2種類のマイ・ストーリー
それらを読むと、次の2種類があることに気がついた。
1.内容は一見、事実に見えるが、実はその事実そのものをねつ造している
2.内容は事実であるが、その事実の意味合いなどを都合のいいようにねじ曲げている
1は先に説明した通りだが、2は例えば次のようなものだ。私の知人のものである。
「親の収入が少ないから、高校を辞めた。そして工事の現場で働く。バイクのレーサーになり、金を得ようとしたが、腰を痛め、あきらめる。俳優になろうと劇団に入るが、断念。20代後半に、コールセンターに『高卒』と学歴詐称をして入る。上司とぶつかり、辞めるが、新たなコールセンターで働く。いつの日か独立をし、会社を経営したいが、44歳で生まれた子を路頭に迷わせたくないため、会社に残る」
これらは、事実である。さらに彼は、このストーリーを表に出してビジネスをしようとはしない。だから、「詐欺まがい」とは言えない。
だが、事実の解釈をねじまげているように思える。例えば、「親の収入が少ないから高校を辞めた」とあるが、事実は「非行に走っていて勉強をしていないため、進級できなかった。だから、辞めた」のである。高校を辞めた、という事実は素直に書いているが、そのとらえ方には疑問が残るところだ。
それでも、私は好感を持つ。1は、つまり、女性経営者のものは事実そのものをねつ造しているが、この男性のストーリーは一応は事実である。
私は1と2のどちらにも積極的には賛成しないが、人が生きていくためには、これらを使わざるを得ない状況になる時があると思う。苦しいことに直面し、自分を納得させることが必要になる時は、誰しもあるだろう。その際は、次の戦略を取ることを勧めたい。
20代後半までは1の路線。30歳前後から1と2の折衷。30代半ばから2の路線にシフト。40歳で2の路線。40代後半?定年までは2の路線にしがみつく。
20代後半までは1、つまり独りよがりなサクセス・ストーリーでいい。例えば、1年ほど前に、20代後半の男性編集者と知り合った。彼はこう言った。「自分は●(テレビ局の社名)で記者をしてきた。1年、警察担当の取材、その前に1年、県政の取材をした。これでひと通り学んだ」
私は2年の経験しかないのに「ひと通り学んだ」と言い切るその思いが分からなかった。
2年というのは事実であるが、「ひと通り学んだ」というのは嘘に見えた。だが、本人は強気だ。わずか2年の「元●記者」の“実績”をもとに、その後は名門出版社に転職し、編集者をしている。
我欲がこれだけ強いと、いろいろなところで反感を買われるだろう。だが、20代後半までは何の実績もないのだから、押しの一手で進んでいくべきと思う。その時、自分を支えるのが、1のマイ・ストーリーだ。2年の経験しかないのに、「ひと通り学んだ」と言い切っていい。嘘に近いが、それが、許される年齢なのである。
●マイ・ストーリーを使い分けてイメージチェンジ
だが、このマイ・ストーリーで30歳まで進むと、壁にぶつかることが多い。上司や先輩、後輩、取引先、顧客とトラブルになる可能性が高い。これは、私の経験論でもある。ここでの判断が、その後の運命を変える。賢い人はイメージチェンジをする。つまり、1と2の折衷路線に切り替える。
前述の例で言えば、こんな具合になる。「1年、警察担当の取材、その前に1年、県政の取材をした。それでも取材の仕事が分からなかった。そこでもっと深めようと、出版社に転職をした」
「ひと通り学んだ」ではなく、「それでも取材の仕事が分からなかった。そこでもっと深めようと、出版社に転職をした」と見つめ直すのである。大前提として、これらが事実であることが大切である。
そして、会社員としての人生が見えてきた30代半ばにさしかかるころに、2の路線に移す。あとは、定年までしがみつくことが現実的だろう。1の路線で30代?40代を進むと、人生設計ができない。設計をすることは妥協の連続であり、力以上の夢や理想をあきらめることが大切だ。
2のストーリーにシフトするならば、「1年、警察担当の取材、その前に1年、県政の取材をした。それでも取材の仕事が分からなかった。そこでもっと深めようと、出版社に転職をした」に、例えば、次のようなことを付け加える。ただし、事実のねつ造は好ましくない。
「その後、いくつかの会社から『うちの会社に転職をしないか』と誘われたが、いずれも断った。俺はこの会社を愛している。お前たちを見捨てることはできない。そんな思いで、会社の経営陣と闘っている。俺はこの会社を変える」
……と言うと、まさに中年会社員の鏡となる。これをFacebookに書いて集客し、ビジネスをしようとすると、詐欺まがいになる。だが、このようなことを社内で語り、自分を奮い立たせるのは許されるのではないか。
どうか、マイ・ストーリーの達人になってほしい。
[吉田典史,Business Media 誠]
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