Jan 06, 2010

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 ■「津波50センチでも避難」 日頃から行動パターンを決めておく

 甚大な被害を及ぼした東日本大震災で、岩手県釜石市では児童生徒のほぼ全員にあたる約2920人が避難して無事だった。下校していた釜石小学校と、在校中だった釜石東中学校の対照的な2つのケース。奇跡的なこの避難劇は、いま防災教育の成果として大きく注目を集める。その行動を検証し、そこから何を学ぶべきか。(北村理)

 3月13日午後3時2分−。「私にとって生涯忘れられない時間です」。市立釜石小学校の加藤孔子(こうこ)校長は振り返った。震災から2日後、教師たちが避難所などで184人の児童全員の無事を確認し、職員室が涙と歓声で沸き返った瞬間だった。その避難劇はどのような状況で繰り広げられたのか。保護者と子供たちの証言をもとに当時の状況を再現した。

 11日の震災発生時、同校では約8割の児童が帰宅していた。共働きの多い同市内では子供たちだけで過ごす世帯が多かった。

 釜石港にごく近い同市只越町に住む、釜石小6年の長谷川葵君(13)=現釜石中1年=と2年の永志君(8)=現同小3年=の兄弟もふたりで自宅にいた。

 父親の準さん(42)によると、地震直後に気象庁の速報で「津波3メートル」と出たため、兄弟は自宅で様子をみようとした。

 25分後、各地で壊滅的な被害をもたらした第2波の大津波が押し寄せた。地響きと轟音の異様な雰囲気に驚いた永志君は「逃げようよ」と騒ぎ出した。兄弟が外をみると、すでにひざ下ぐらいの高さに浸水していた。防災の授業で習った「50センチの波でもさらわれる」ことがとっさに頭に浮かんだ葵君は弟をひっぱり、3階の屋上(高さ約9メートル)に駆け上がった。

 釜石市から北へ約50キロ離れた宮古市田老町で仕事をしていた父親の準さんは「津波が来たらまず高台へ。逃げ遅れたら自宅は鉄筋なので屋上に、と日頃から決めていました。ただ今回は最悪の場合も覚悟していました」。準さんは職場から車を飛ばして途中からはがれきの中を歩いて自宅を目指し、たどり着いたのは午後10時を回っていた。

 兄弟の名前を叫ぶと、屋上からかすかに声がした。雪が舞う屋上で、兄は弟にありったけの洗濯物を巻きつけて座っていた。津波の高さは3階の屋上を超えたが、兄弟は柵(さく)にしがみついて耐えたという。

 母親の裕世さん(41)は、市内で最大の被害を受けた鵜住居(うのすま)(い)地区の勤務先にいたが裏山に避難していた。外で遊んでいた長女の鈴乃さん(9)も近くの高台に避難していた。

 長谷川家は、津波が来たら家族それぞれが逃げる昔からの言い伝え「津波てんでんこ」を実践した典型的なケースだった。

 準さんは3年前、釜石小学校で行われた群馬大学の片田敏孝教授(災害社会工学)による防災講演会をきき、「津波の怖さを知り、いざというときにどういう行動をとるべきなのかをふだんから具体的に考えておく重要性を感じた」と話す。

 片田教授は「毎回、津波で大きな被害を受ける地域は、津波がくるまで数十分しかない場所が多いため、避難に躊躇(ちゅうちょ)しているひまがない。(長谷川家のように)家族それぞれがいざというときの行動パターンを決めておけば、余計な心配が悲劇を生むようなことがなく、避難に専念できる」と説明する。

 震災後、加藤校長のもとには、多くの保護者から「防災教育で子供たちの命が救われた」と感謝の言葉が寄せられたという。

 子供たちは自らの命を守るとともに、率先避難者として周囲の人の命も救っていた。「今回も津波は来ない」と避難をしぶる祖父母の手を引いて逃げたケース。ひとりで逃げようとした小学校低学年の児童や、体の不自由な児童を高学年の児童が背負って避難したケースもあった。

 加藤校長は「大人たちでも足がすくむ状況で、子供たちは学んだことを忠実に実践してくれた。しかも全員がそうしてくれたとは、奇跡としかいいようがない」と語る。

 4月5日に行われた同小学校の卒業式。加藤校長は「おめでとう」より先に、「自分の命を守ってくれたことに感謝したい」と卒業生に伝えた。そして今月6日に行われた入学式では新一年生に「お兄ちゃん、お姉ちゃんと一緒に、どう逃げるか勉強しようね」と語りかけたという。

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